拝啓、Niels-Henning Ørsted Pedersen 先生。

 

 

拝啓

 

 

Niels-Henning Ørsted Pedersen 先生

 

日本では梅雨明けが待ち遠しい今日この頃、天国ではいかがお過ごしでしょうか。
ますますご清祥のことと願っています。

 

 

あまりの蒸し暑さと仕事の忙しさ故、大好きな音楽に思いを馳せたりして現実逃避をしているうちに、先生のことを思い出したのでした。
突然ではございますが、勝手ながら私の想いをお伝えしたく筆を執った次第でございます。

 

 

僕がはじめてJazzと出会ったのは、2005年。私が高校を卒業する間近のことでした。
激しい音楽(というよりあれは叫びや雄叫びと言った類のものでした)に飽々していた私は、なんとなく父が持っていた Kenny Drew 先生の By Request を手に取ったのでした。
ちょうどその頃公開していたスウィングガールズという映画に感化され、なんか Jazz って楽しそうだなぁという興味本位のもと。
たまたま Fly me to the moon を聴いたのでした。

 

 

 

 

私は驚きました。
こんなに自由で流れるようなベースラインがあるのかと、Jazz のベースに対する期待と高揚感を覚えました。今まで聞いたことのない音楽でした。こんなにもベースが曲の抑揚を担う音楽があるのかと。
あの時のことを今でもしっかりと覚えています。

 

 

高校3年の時にそこそこ良い5弦ベースを購入したばかりなのに、大学では Jazz をやろうと心に決めました。そう思ってしまったらやらないと気が済まないタイプの私は、その後大学でたっぷり5年間 Jazz と向き合う日々を送ることと相成りました。
その間、僕のmp3プレイヤー(スマートフォンなどという高尚なディバイスは世にはない時代でしたので)には、いつも必ず先生が参加されていた、Kenny Drew 先生のトリオのアルバムが4つ入っていました。

By Request の Fly Me To The Moon のイントロとソロは完コピしたのは良い思い出です。僕のコピー譜には常に先生の名前がありましたので。

 

 

 

しかしますますJazz にのめり込み、先生のことをWikipediaで調べたりするうちに、先生が2005年の4月にこの世界から旅立たれたことを知りました。ちょうど私が大学のJazz Club に通い始めたころです。
もう先生の演奏が新しく世に出回ることがないのだと思うと、そして先生の演奏を生で聴ける可能性が無くなったのだと思うと、とても残念な気持ちになりました。その後先生の演奏はすべからく手元に置いていつでも聴けるようにしたいと、中古CD屋に通ったり、東京に行った時は DISC UNION で必ず先生のお名前のコーナーを漁るのでした。

 

そんななか奇跡的に見つけたのが、先生の名義で結成されたピアノトリオのアルバムでした。中でも Shadow Of Your Smile が私は一番好きで、一見ボサノバ調ではありつつもところどころ3泊目にアクセントがくる現代的なアレンジに魅了されました。
これもベースラインだけでなくテーマのベースラインを細かいニュアンスも正確に再現しようよ完コピしたのを覚えています。

 

 

 

 

こんなことを言うのは大変失礼で非常におこがましいのですが、先生がJazzを辞めた年に僕がJazzをはじめたことに対し、何か運命的なものを感じました。こんなこと、恥ずかしくて人前では決して言えないのですが。
正直に申し上げると、先生の次に先生のようなベーシストを目指そうと思ったのでした。
滑稽ですね、どうぞ笑ってください。所謂、若気の至りというやつでございます。

 

 

滑稽といえば。

 

 

 

 

こちらの My Funny Valentine 。学生がセッションで演奏するような倍転(倍テンでしょうか)するバラードではなく、物語を感じさせるアレンジが素敵です。Kenny Drew 先生のアレンジなのかもしれませんが、先生が演奏することで成立するアレンジだと確信をしているのです。
なぜなら2:55からのベースライン。まあ決して珍しいフレーズではないかもしれませんが、この伸びやかな心地よさは先生にしか出せないものです。

 

 

ただ、先生を目指せば目指すほど4ビートのグルーブとは何かという問題と衝突するのでした。
ウッドベースのアタックとサステイン(伸び)は反比例するという持論故、僕の中での葛藤があったからです。もちろん弦高のセッティングにもよると思うのですが、先生のような伸びやかな音を目指すと、アタックが弱くなり Count Basie 先生のオーケストラの曲を代々演奏してきた我々の Jazz Club が求めるサウンドにそぐわないのでした。
先輩からは音が薄っぺらいだの、お前の音が薄っぺらいのはお前の人生が薄っぺらいからだのと罵られたため、先生の音を憎んだこともありました。今思えば、先生の伸びやかな音の心地よさが僕の演奏にも少なからず出ていたからだと喜ぶべきだったと反省するのですが、そのころは自分の力不足を先生のせいにする情けない人間だったのだと、心底恥ずかしい気持ちです。

 

 

先輩が卒業してからは、Count Basie先生の時代のオールドなサウンドの追求は潔く諦め、僕が大好きだった先生のサウンドを追求すると、ますます Jazz 音楽が楽しく、拙いなりにもちょっと特殊なアレンジを重視したピアノトリオを結成しました。僕が大学5回生のころでした。
Jazz という音楽をより聴きやすいものに感じてほしいという思いがありました。

 

 

 

 

E♭のピッチが悪くてお恥ずかしいのですが。
でも個人的にはドラムの4バースで、Confirmation が入るあたりが好きだったりします。良い思い出です。

 

 

 

その後、勉強も兼ねたくさんの偉大な Jazz ベーシストの方の演奏を聴きました。
僕の知らなかった音やフレーズが世界にはたくさんあり、ますます Jazz という音楽にのめり込みました。特に Christian McBride 先生とのご共演。これも目を見張るものがありました。
お二人の演奏スタイルの違いによって Jazz という音楽の多様性を思い知ります。この動画は、季節に一度必ず拝見しているのですよ。(McBride 先生と拍が合わないところもまた一興ですね。)

 

 

 

 

しかし、様々なベーシストの大先輩の演奏を研究し、コピーにコピーを重ねるうちにひとつ大事なことに気付きました。
私のフレーズは先生から学んだものばかりだったのです。その最たるものがこちらです。

 

 

 

 

ただし、ひとつ勘違いをしていただきたくないのは、先生の魅力はベースソロだけではなく、むしろテーマのお2ビートやバッキングの多様さにあると解釈していることなのです。もちろんあの早弾きには憧れましたが、それ以上にベースとしての役割を120%まっとうされているという印象です。
曲を印象を決定づける大きな要因として、先生ほど役割を果たしているベーシストはそう多くはありません。

 

 

思えば、先生のベースラインもソロも本当にたくさんの曲をコピーさせていただきました。
先生が演奏なさった数ある Autumn Leaves は恐らく全部演奏することができるのですよ。ちょっと言い過ぎたかもしれませんね。
でもそれくらい先生の演奏に魅了され続けてきました。ただ、薬指で弦を弾くのは早々に諦めました。

 

 

でも個人的に一番好きな演奏はこれかもしれません。
これは先生の伸びやか音がぴったりなバラードです。この世界感。最高に素敵です。(そう、ベースで和音を弾くのは反則ですよ。弦高が低くないとできませんからね。)

 

 

 

 

 

先生の演奏と出会ったことがきっかけで Jazz をはじめ、素敵な先輩や仲間と出会うことができました。
我ながら良い趣味を選んだなぁと感心することさえあるのです。

 

今は結婚もして東京で暮らしているので、楽器は実家でホコリをかぶっていますが、いつか地元に帰ってまた音楽ができることを楽しみにしています。これからも先生の音やフレーズを追いかけて、自分なりに音楽を楽しんでいこうと思います。

 

私は先生にはなれませんからね。自分の楽しみ方を見つけようと決めているのです。(これほど先生を持ち上げておいて恐縮ですがなのですが。)

 

 

末筆ながら、天国でもご自愛のほどお祈り申し上げます。

 

平成29年7月7日

くすみ

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