時間の流れと働くことについて考えてみる

怒涛の2015年が終わり、2016年。
年が明けてから仕事ばっかりしてる気がする。

 

月曜から土曜の朝まで仕事をして、先輩の一声で日曜も出社する2016年。
そんなことをしてたら早くも1月の2/3が終わろうかというところ。

 

この20日間があと18回過ぎたらまた新しい年だよ。あと18回過ぎたら、今年の漢字とか流行語大賞とかが世の中を賑わすんだろね。

去年のは全く覚えていないんだけどね。

 

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早いよね。
早すぎて笑っちゃうよね。

 

先週も家に帰ったのはたった一度。今週も徹夜勤務。
昔からそこまでバンバン徹夜することってなかったし、それはそれは優等生だったからしっかり睡眠時間はとる方の人間だったけど…

 

急にどした?
ほんと、急にどした、僕。笑

 

 

 

 

さて、どうしたものかと思い返してみる。
別にそれに対して文句を言いたいわけではないし、雇ってもらってる会社に対してブラック企業だとかってそんなことを言うつもりもさらさらない。

 

ただ今までずーっと、早い早いって思うのは毎日がつまんないからだって思ってた。なんとなく拭い去れない虚無感のせいだと思ってた。

 

だから、若い時はもっともっといい人生にするために、なんとなくいろんなことに手を出したかと思えばすぐ飽きたり、自分の中に確固たる目標があるわけでもなくただただふわふわ~ってしてた。

 

 

 

仕事も勉強も中途半端。
趣味の音楽も中途半端。
遊びも中途半端。
どれも中途半端だった。

 

そんな「中途半端さ」にコンプレックスを抱えていて、そのまま30代を迎えるわけにはいかないと、どこかで自分の中に焦りを感じてたりもしてた。
だから、本当に自分のやりたいことを見つけて、それを納得いくまでやってみたいと思い立ち、Webの專門学校へ行って転職をして上京をして…としているうちに、いつのまにか夜を徹してでもやりたい仕事と出会うことができた。

 

環境にも人にも恵まれたこともあり、ようやく本気で向き合いたいことに出会うことができた。この歳になって。

 

 

 

 

今までは、自分に心地良いペースとで進んでいた人生だったのが、急に世の中のペースという激流にのまれ息継ぎをするのが精一杯。
しっかり肩までぬるま湯に浸かってたのが、気付けば滝業くらいの流れの中に身を置いてる感覚。浴びせられるのは山からの冷水ではなく、高いビルから落ちてくる世の中の「計り」。

 

そんな世の中「計り」を頭からつま先まで存分に浴びながらも、必死で自分の「計り」を見失わないように選択を繰り返す自分に対し、ひとり悦に浸ったりする。
ザッツ エクスタシー

 

 

「脱・中途半端」を志す自分と世の中とのギャップに苦しみつつ適度に楽しみつつ。
自分のできなさに落胆しつつ、心地よい徹夜明けの疲労感を楽しみつつ。
といった感じ。

 

 

でもどうだろう。
刺激の多い環境に身を置いてもなお、毎日はあっという間。笑
まだまだできないなりにも楽しんで仕事に没頭していても、けーーーっきょく毎日は早いんだ。

 

身をもってそれを実感してる。

 

 

ただ、やりたいことを選んだ責任と覚悟は決まっているだけに、自分ができない悔しさはあるものの、虚無感みたいなネガティブな感情は一切なくなってる。もっともっと早く正確に良いものをアウトプットできなければ。

 

 

であればもっともっと自分のできることのスピードを上げるとか、時間の使い方を考えないといけない。

 

世の中の「計り」にしっかりと重みを計測してもらえるようになりたい。

 

そして気付けば少しだけ今までより増えたお腹周りお肉。笑
30代を目前にして、ゆっくりではあるが着実に「重い」自分に生まれ変わろうとしてる。笑

 

 

 

 

よくわからない文章になってしまったけど、ひとつひとつ丁寧にしっかり考えながら取り組んでいきたい。

そして豊かな人生を送りたい。

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