『多様な革靴の世界』第5回目となる今回は、革靴のリペアやカスタムの多様性について、靴の修理業界でお仕事をされているユーマさんにお話を伺います。
トップリフトの交換の話、すごくおもしろいです。
ただ取り替えるだけが修理じゃない
今回の革靴に関する多様性について掘り下げていく企画、インタビューのご承諾ありがとうございます!
くすみさんお久しぶりです〜。
よろしくお願いします。
お久しぶりです!よろしくお願いします!
ユーマさんについても少し教えてほしいのですが、なぜ修理の世界に進まれたのですか?
21歳のころ、もともと靴磨きのアルバイトをきっかけに靴業界に入ったんですが勤め始めて3ヶ月くらいで親会社が倒産してしまったんですよ。
靴磨き事業は縮小しつつもなんとか存続したんですが、残念ながらバイトはみんなカットされちゃった。
で、職にあぶれたことをまだ知らない私は当時のボスに呼び出されて「ユーマ、靴磨きは楽しいか?なんなら修理なんかも興味あったりするか?」と聞かれたから軽い相槌程度に「そうですね」って言っちゃったんです。
で、翌週には当時提携してた修理屋さんにお世話になることに。
ほんと流れるように周りの手筈が整ってしまったので当人はいささか不安を感じつつも今更NOとも言えず見切り発車で進んでしまいました。
きっかけ…というよりは「なるようになった」という感じなんですね。
でもいざフタを開けてみれば、初日の研修でピンヒール修理を教えてもらってそれがクセになる楽しさでハマりました。
一日中練習靴を触ってピンリフト在庫が無くなるほどで。
無知ゆえに度を越した学び方をしてしまいましたが、先輩たちも怒ることなく「明日も頑張れよ」って見守ってくれたことを今改めて感謝してますね。
上京してしばらくは見識を広めるべく
『誘われたら断らない。知らないことには首を突っ込む。』
という今思えば危険なマイルールのもと生きていたので、当時はなりゆきに抗うこともあまりしませんでした。
ピンヒールの交換に楽しさを見出されたというわけですね。見守ってくれた先輩たちも素敵です。
ユーマさんは修理以外のカスタマイズもされている印象ですが、カスタマイズってどんなものがあるんでしょうか?
修理とカスタマイズって実は線引きが難しいかもしれません。
修理もカスタムも「要望を叶える」という本質は同じです。
カスタマー(=依頼者)からお金を貰う以上ニーズに応えなきゃいけない。
もし元通りに直しても靴の消耗具合や履き癖は千差万別です。
たとえ一般的なトップリフト(かかと接地面の部材)交換であっても修理屋さんは多かれ少なかれアジャスト能力を駆使して各々のベターを探っていきます
買ったばかりのサラは別としても、すでに履き下ろされてる靴には着用者の痕跡がかならず投影されます。実を言えば依頼者ではなく着用者こそ真のカスタマーであり、その存在を無視して靴修理を続けていってもいつか限界がくるでしょう。
そういう意味では修理≒カスタマイズと言えます。
というのが現場マインドの話。
ちょ…ちょっと待ってください、めちゃめちゃおもしろい!
失礼を承知でお聞きしたいのですが、ピンヒールとかトップリフトの交換は、ただ取り替えるだけじゃないってことですね?
具体的には、どういうところをベターに調整していくんでしょう?
たとえばトップリフトの接地面をどうするか問題があります。
これまで靴修理を依頼して「トップリフトを交換したら接地面がカタカタするようになった」という経験をされた方も一定数いらっしゃると思います。
一見、積み上げの取り付け角度が変わったしまったからのように感じるかもしれませんが、実際は前足部側に原因があります。
トップリフトが減っているのと同時に前足部も当然摩耗して薄くなっています。
その状態でトップリフトだけが正位置に戻ると相対的に前足部側が低くなり、トップリフトのアゴ(前部分)を支点としてシーソーのように踵側が浮きあがってしまうのです。
俗に言う”アゴをけってる“状態です。
オールデンやトリッカーズなんかは最初からアゴけってる場合あり。これにも意味があるのですが長くなるので今回は省きます。
歩行時の足の動きに合わせて、トウスプリングを効かせたり、アゴをけったりすると認識してます。
このカタつきが人によっては不快感につながる場合があるのです。
積み上げのアゴを少し削り落として支点を作らないようにすれば解消は簡単なんですが、前足部の接地バランスが狂ってる状態でヒールバランスをイジると土踏まず部分が沈みすぎて履き口が笑ってしまいます。
履き口が笑うとフィット感も見た目も悪くなってしまうので安易な変更はオススメしません。
ハーフラバーで前足部の厚みを戻したり中底をすこし補正したり、とにかく接地バランスを適正化することが肝心です。
とは言えアゴをけっていていてもまったく気にならない人の方が多いですし、修理にかけられる予算に限りがある場合もあります。
依頼者それぞれの事情を鑑みて、作業内容をアジャストしてます。
接地面のバランスで、履き口が笑うこともあるんですね!
7mmのトップリフトを剥がして踵が浮いた状態
アゴを削って支点のバランスを調整した状態
12mmのトップリフト取り付け後
例えばこの画像のように、「トップリフトをぶ厚いものに変更して交換インターバルを延ばしたい」という依頼だったなら、前足部の状態にかかわらず支点のポジションが大きく変わってしまうのでガッツリアゴを削りこんで接地面を合わせます。
この辺は受付時にメリットデメリットをご説明して、お客様が何を優先させたいのかはっきりさせる必要があります。
小規模ではありますが、こういったやりとりも含めればもはや「カスタム」と言ってしまってもいいんじゃないでしょうか。
めちゃめちゃ奥が深い!すごく勉強になりました。ユーマさんは修理依頼を受ける時に、そのあたりのメリデメをお客さんに確認されてるんですよね。親切だと思います。
修理とカスタムの違い
そうなると、逆にカスタムについては当然、「履き心地の維持」や「長持ち」とは違った考え方になりそうですね。
逆にカスタムは「改造」にあたるものです。
元ある仕様をお客さま好みに変えちゃうようなものはカスタムですよね。
リカラーやリラスト、リモデル、リビルドなんて呼ばれるようなもの。
[Alden] Resole:レザー(カービング加工)
こういうのこういうの!
こういうのが見たかったんです!!
創造性や製造畑のスキルが求められるので、世間が思う「靴修理屋さん」とはちょっぴり違うかもしれない。
これは優劣じゃなくて似て非なる領域の違いである、というだけ。
製造と修理は似たような結果をもたらしても、過程やコンセプトには大きな違いがあってお互いがそれを理解してる。それにリスペクトもしてますよね。
たまに業界内の集まりなんかがあると「アレすごいですよね。どうやってるんですか~?」なんて話はしばしば出ます。
「カスタムは修理の延長」というイメージを持っていましたが、確かに領域が違って当然ですね。
[Dr. Marten’s] ヴァンプ部分クラックのタタキ補強
カスタムのアイデアってどこから出てくるんですか?
インスピレーションというか、過去にご覧になったものからインスパイアされることもありそうですよね?
昔の映画や記録映像からアイディアのヒントを拾ってくることが多いかもしれません。
革靴は19世紀末から現代まで徐々に形を変えているとは言え、基本的な構造はおおむね同じ。革靴の近代歴史をたどると今でも通用するスタイリングや仕様がいっぱいあるんです。
なんなら、「なんでこんな素敵なデザインが淘汰されちゃったんだろう」っておもえるようなものまで。
もちろん現代の生活様式や価値観とは乖離してしまっているものもあるけど、そのあたりは削ぎ落としてうまく活用できたら面白いと思います。
[Clinch] Resole:レザー(カービング加工)
納得です。
カッコいい・カッコ悪いじゃなくて、その時代の流行もあったでしょうから、残らないものもありそうですよね。
このブーツは左右で釘の打ち方変えてるんですね!おもしろい!
そうですね。
そういう部分はうまく削ぎ落として、あくまで道具として役割を果たさせる。そうでないと結局は「中途半端さ」に繋がってしまいます。
加えて、仰る通りインスピレーションも大切です。
半世紀前の映画や記録映像からヒントを見つけても全貌がつぶさに映っているとは限りません。
というかあまり映ってない。
足もとに寄ったシーンなんてすくないし、白黒の記録映像は影で潰れて不鮮明になりがち。
でも見えない部分やぼんやりした所ほど妄想や脳内補完が発揮されて、新たな設定や意味づけが生まれることもあります。
歴史を土台にしつつ、違和感のないようにフィクションの面白さを投影したい。
月の裏側は地球から見えないからこそ、創作の舞台としてしばしば採用されますよね。
そんな風に、想像のフロンティアラインがちょこっと拡張された瞬間に興奮とか楽しさがあります。
確かに、カスタムをその人の作品と捉えるなら、その作品はその人そのものというか、きっと趣味や好みが存分に反映される世界ですよね。
アッパーの存在感に負けないソールカスタム
実はカスタムをお願いしたい靴があって、インタビューをお願いしたというのもありまして…(よこしま
この靴、ペルフェットのパターンオーダーでして、ドレスなシルエットに独特な表情のクードゥーの革が乗っているのがすごく気に入っています。
アッパーは存在感アリアリだけど、底はシンプル。もしかしたら、底の仕上げに関しては、別の選択肢があるんじゃないかと思ったんです。
まず、大きく2つのベクトルがあって、それによってこの後の細かい仕様につながっていくと思うんですけど…
- アッパーを活かしたソール
- アッパーの存在感に負けないソール
だと、どっちがお好みですか?
後者です!!!
圧倒的後者!
アッパーを活かすならソールは額縁的な感じです。
今すでに、かなりドレスの仕立ての靴なので、さらにそれを強調していく感じです。アッパーとソールを対比させるようなイメージですよね。
逆にアッパーの存在感に負けないソールにするなら、ちょっとラギッドな雰囲気が出せるように靴全体でバランスを考えていくイメージですね。
前者だと、そこまで変わった感が出にくいので、おもしろいのは後者ですかね。
賛成です!
シルエットはドレスなんだけれども、靴の存在感はゴリゴリな感じ、最高ですね!
欲を言うとビフォーアフターで変わった感じが出せると嬉しいです!
了解です。
そうなると次は、靴の道具としての機能性っていう部分と、装飾性っていう部分について仕様を決めていきます。
履き心地やフィッティングに関しては問題ないとのことなので、ソールの設定という機能的な部分…具体的にはヒールの高さやソールの接地面は変えずにいこうと思います。
はい、大丈夫です!
となると装飾の部分ですかね?是非ユーマさんの引き出しを開けまくって、アイデア・お知恵を存分に盛り込んでいただけたらと思います!
そうですね。
一応今回はリソールというかたちになるんですが、アッパーに負けないソールにするなら前足部にハーフミッドソール入れて、少しボリュームを出してあげるとバランスいいかもしれません。
ハーフミッド入れる場合は、ヒールの積み上げも1枚追加してあげて高さを揃える感じになります。
あと、アッパーもザラザラとした表情の革が使われているので、ソールも綺麗に削るのではなく、粗く削って、少しワックスで表面を整える…みたいな感じだと靴全体で雰囲気が出てくる気がします。
粗めに削るのでそんなに目立たないかもしれませんが、積み上げの側面に化粧釘打ったりするのも、デコラティブでおもしろいですね。
でも、ただ入れるだけだと味気ないですもんね。
側面の化粧釘、いいですね!!!
ただ、チャーチのバーウッド・スタッズみたいな感じだと、ちょっとトゥーマッチなので、ポイントで入れていただくのが嬉しいです。
クードゥーという動物への感謝とリスペクトを込めて、左右にツノっぽい模様なんて入れられたりしますでしょうか…?
アッパーを動物のボディーと捉えるイメージですよね。ただ、飾りを入れるだけだと、おもしろくないですもんね。
化粧釘は私の方で良いアイデアが見つかったのでくすみさんには内緒にしておきます。笑
完成を楽しみにしていてください。
そういうの大好きです!
楽しみにしております!
カスタム完成!
before
after
野生み出まくりましたね!
好きすぎる!!!!
話していた通り、ソール表面は粗く削っていますが、削っただけだと繊維が開いてきてしまうので、ワックスを熱で含浸させてます。
前足部にハーフミッドソールを入れたので、積み上げもそれに合わせて高さを追加している感じです。
平コバになって、仕上げの色が均一でない感じも相まって、靴全体の一体感が増しましたよね!
うん、「一体感」という言葉がすごく適切だと思います。よりラギッドという言葉が似合う靴になりましたね!
クードゥーって背中に縦縞が入ってるじゃないですか。
ソールではそれを表現してます。白いのはゴムの樹液みたいなもので、わずかですがソールのグリップ力も上がります。履いてくと消えちゃいますけどね。
ただ、白のラインがコバのほうに見えちゃうのは、ちょっとオモチャ感が出てしまうので、出し縫いのステッチまでで留めています。
ラインとラインの間には、動物の毛並みを模した装飾を入れてます。ここは完全に遊びですね。
こう見えてクードゥーは「ウシ科」の動物
芸が細かい!
2種類のコテを使い分けてもらってるんですね。
あと、積み上げの側面には、クードゥーのツノを模した化粧釘を。
いろいろ考えたけど、これが一番シンプルでいいと思います。
白のラインは驚きましたね!
ラインの太さも絶妙だと思います。さすがとしか言いようがない。
シンボリックな化粧釘もトゥーマッチじゃないし、クードゥーという動物の生命力すら感じます!
カスタムの方向性についてお話しさせてもらうと、ユーマさんからは次々といろんなアイデアが出てきて、ほんとに面白かった!こういうのも革靴の楽しみ方ですよね。
いい体験をさせていただきました!ありがとうございました!
ユーマさんのインスタアカウント:@yuma.1776
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