色気のある革靴を履くと色気のある人間になれるのかっていう散文

革靴の色気ってなんだろう。
色気とは本来人に対して使う言葉であるわけだけど、靴を表現する言葉としてはじめて色気という言葉を選んだ人は普段何を見て、何を食べて、何を考えてる人なんだろう。きっとそんなことばっかり考えてる人だったんだろうなぁと、シャワーを浴び終えて髪を乾かしながら鏡に映った色気とは程遠い自分の体を見て、そんなことを考えはじめる。

 

 

そもそもあれだ、好きな食事の味付けも、映画や音楽の趣味も、異性の好みも人によって違うからおもしろい。体調によってうまいと思う味も違えば、笑って泣けるラブコメが見たいときもあるし、聴き慣れた曲が聴きたいときもあれば新ジャンルを開拓したいときもある。異性の好みだって時と場合によって変わる。
そして、色気っていうのは必ずしも目から入る情報だけで判断されるものではない。選ぶ言葉だったり、声だったり、話すテンポだったり、というように耳から感じとれる色気があってもいい。あとは、香りとか味とか…ま、こういう話はいくらでも書いていられるけど今回はこれくらいにしておこう。
とにかく、色気というのは人によって場合によって捉え方が違うというのがおもしろいところだ。

 

 

一旦頭を冷やすために、色気という言葉を辞書で引いてみる。

 

  1. 色の加減。色の調子。色合い。
  2. 異性に対する関心や欲求。色情。
  3. 人をひきつける性的魅力。
  4. 愛嬌 (あいきょう) 。愛想。おもしろみ。風情。
  5. 女性の存在。女っ気。
  6. 社会的地位などに対する興味・関心。
    出典:weblio

 

まぁ、こんなところだ。想定から大きく外れるものはない。おもしろみとか風情という意味も興味深いところ。
というのを踏まえて、革靴が色気を放つ要素を考えていきたいと思う。

 

 

まずはシルエット。
スラッとしたふくらはぎが好きな人もいれば、むちっとした二の腕が人が好きな人もいる。タンでマッチョな体が好きな人もいれば、ペイルでスキニーな体が好きな人もいる。気の知れた同性が2人以上集まってそこにお酒があれば、湯水のように湧いて出る話題と同じで、どのタイプが多数か少数かという差はあれど、所謂ボディーラインというのはセクシュアルな魅力の話題として取り扱われるのが世の常だ。
しかしおもしろいのが、紳士靴の場合は女性用のハイヒールのように女性そのものの魅力をより際立たせるのが役割ではないというところがポイントだ。そして我々靴好きの男性は、靴を履いていようがいまいが女性に対してでなければ、紳士靴そのものに対して色気という言葉を使う。ということはつまり、履いた我々が色気を放つのではなく靴単体で色気を放つことが必要というわけである。
ということは靴においてはシルエットの『緩急』が物を言うのではないかと考える。ぽってりしたまあるい靴というよりは、より人間の足の形に沿った立体的な靴の表現として色気という言葉を使うのがふさわしいのではないかと。ロングノーズだからセクシーかと言えば絶対にそうではないし、ただただ薄くて細いのがアトラクティブかと言えばそれも違う。
『足の形に沿った』というのはつまり、足の動きが想像できることなのではないか。文字だけを読んで想像を伴って覚える官能的な興奮もあるが、テクノロジーもデバイスも通信速度も発達した現在においては、文字や静止画よりは動きのある動画に興奮を求める人が多いのは(知らんけど)やはり動きを伴う情報の方が脳に伝わりやすく刺激もされやすいわけで、やはり靴のシルエットにおいても同じように複雑な曲線を描いているもの色気という言葉で形容されやすいように思う。
マリリンモンローが映画で着ている衣装にボディーラインのわからないゆったりしたものがあっただろうか、という至極単純で明快な話。

 

 

マリリンモンローではなくジェーンラッセルだったら同じかと言われると悩ましいところ。マリリンモンローがセックスシンボルと言われた所以はナチュラルブロンドでタレ目で何よりあの話し方であったからで、ジェーンラッセルの少しキツめの表情と話し方(役柄もあると思うけど *1)だったらそうではなかったはず。目から入る情報だけじゃないという話をしたのはつまりそういうことなんだけど、マリリンモンローと同じ要素をすべて持ち合わせた人というのはやはり少ないのが現実なわけである。
ナンセンスな話だけど世の中の女性がみんなマリリンモンローだったら、世の中の男性がみんなブラッドピットだったら、恐らくそこにはセックスシンボルなんて言葉はきっと存在しないわけで、やはりマリリンモンローがそう呼ばれるのは希少性とか独自性という価値を世の中が感じていたからだ。
この希少性とか独自性ってほんとは本質的な靴の魅力を判断する上では関係ないはずなんだけど、人間の目を介してものを判断したり評価するのであれば、やっぱり慣れという余計なフィルタを通さねばならず、珍しさとか非日常感というところに価値を見出さずにはいられないのが人間の性だ。
という意味では、機能とか価格を利点に多く出回っている靴というよりは、少量しか作られていない靴やビスポークシューズのような靴がそれに当てはまる。ただしこれは、絶対条件ではないので必ずしもそうでなければいけないということはないが、やはり黒とか茶が多い中に鮮やかな色は映えるし、丸くぽってりした靴が多い中に緩急のあるシルエットが目立つ。

 

 

シルエットだけじゃない。細かい作り込みも靴の魅力を引き立てる要因である。
神は細部に宿るという常套句があるように、細かい仕上げがその靴の印象に大きく作用する。ステッチの処理が雑だったりとか、コバの仕上げがケバケバしてたりとか、そんなちょっとしたことで靴の印象は下がる。どれだけスーツをかっこよく着こなしていても、どれだけ仕事ができて部下に慕われていても、鼻毛が出ているだけで給湯室で女性社員の話のネタになるのと同じだ。
ただ、そんな細かいところであっても見落としてしまうのが人間で、そうやって恥をかくこともあれば、逆に楽しい思いをしたりして、いろんな感情を経験して成長し人生を歩んでいくわけだ。

 

 

でもその人生というストーリーがあってこそ、希少性とか独自性って際立つものだったりする。
体型というよりは人生観や自分らしさというところを強調して活動をされているプラスサイズモデルの方。その活動に自分らしさとか自尊心を見出してオーディエンスを勇気付ける素晴らしい職業なんだけど、当然マイノリティ故理解が追いついていない世間の評価によって苦しい思いをされることもあるはず。でもその葛藤が美しいわけでその文脈に魅力があるわけだ。
悪を倒すのが正義だけど武力は正義か?と自問自答し孤独と戦うオダギリジョーの仮面ライダーに人は感情移入するけれども、派手で金持ちのアイアンマンはかっこいいけれど感情移入こそしないわけである。というように人はストーリーとかバックボーンが好きだ。
人の場合、その人を知ることで感じられる魅力がある。その人の第一印象と本質とのギャップにドキッとしたり幻滅したり、生き様とか考え方とかに共感したり憧れたりするわけだ。

 

 

じゃあ靴はどうだろう。
シルエットが美しくてさらに革の艶が際立つデザインの靴はやはりセクシーだと頷かざるを得ない。そこにストーリーがなくても第一印象で判断できてしまうのが人間との違いだ。
経年変化を伴って革靴は魅力を増すのは間違いないんだけれども、それは色気というよりは『味』とか『深み』みたいな表現が相応しい気がしている。経年変化を伴ったからといって色気を纏うかと言われればそうではないように思う。
革の艶とかキメの細かさは人でいうところの肌質に例えられ、若さを象徴する言葉だったりする。でも人においては若さと色気は必ずしも比例するわけではないというのが僕が主張したいポイントだったりもする。色気のある人を挙げればキリがないけど、色気は年齢を重ねてからの方が増すのが人間なんじゃないかと思う。ま、これも個人の感じ方の違いだし、俳優さんのような人は役柄がその人のイメージに影響することは大いにあると思うんだけど、まぁそれはいいや。
とにかく靴の色気という目から入る情報は、作り手のバックボーンとか人としての品性を抜きにしても語ることのできる部分であり、そこがシンプルでおもしろいところだったりする。実際ロンドンの工房でビスポークを受けているブランドも中の職人さんというよりはそのブランドが評価されてオーダーに至っているわけだから、質が高ければ職人が誰であろうが関係なかったりする。
でも逆の考え方もあって、「この靴あの人らしいよね」とか「この靴あのブランドらしくないよね」というように、作り手の人格やブランドのストーリーを知った上で靴を語ることができるのが、さらにおもしろいところだ。

 

 

『その人』とか『そのブランド』というストーリーがあってはじめて成り立つのが『らしさ』だったりする。『らしさ』つまり個性であり靴を履く側の我々も同じ。
色気で靴を選ぶ人もいればそうじゃない人もいて、実用性で選ぶ人もいればそうじゃない人もいて。好みのタイプの異性としか付き合わない人もいれば、好みのタイプじゃない異性と結婚する人もいる。色気靴を履いても色気のない人はないし、色気がなくても魅力的な人もたくさんいる。
何が色っぽいとかそうじゃないとか、何が正しいとか間違いだとか、そんなことはどーでもよくて、結局自分が自信を持って好きだと言える靴に出会えた人こそが、一番魅力的なんじゃないかと。それが3,000円の靴であってもいいし、靴以外の洋服とか時計とかカバンもそう。それが個性だ。
徹底的にこだわるのも個性だし、ミニマルなのも個性だし、一点豪華主義でああってもなんであっても、その人がコンフォタブルならそれが至高。
『らしさ』を良い意味で認識してもらえることは良いことだけど、結局評価を追いかけるのってしんどいし、これだ!と自信を持てることこそが素晴らしいことなんじゃないかと。

 

 

色気とか見た目だけで評価されないのが人間のおもしろいところだし、評価を気にする人生を生きるとそこに答えはない。見た目は大事だと思うけど、人間はそれだけじゃない。
僕はとにかく家から出る時にテンションが最高に上がる最強の布陣を人生をかけて揃えていきたい。
ステッキを持って五番街を散歩するニューヨークのイングリッシュマンが “Be yourself, no matter what they say” と言っているのが僕はすごく好きだ。自分が身も心も一番心地良くいられるものを身につけて、自分らしくいられる人こそが一番素敵だなってこと。身も心もってのが大事。
そういう気持ちでいると、最近ちょっと出てきたお腹もなんか愛おしく思えたりするから不思議だ。

 

 

 

本当は、Englishman In New York を聴いていただきたいところなんだけど、確かなこととそうでないことひとつひとつ確かめながら一週間ってあっという間だよねというこの曲が好き。
あとビニーカリウタの大爆発も好き!

 

*1:紳士は金髪がお好き

 

 

靴磨きをする意味は靴を育てることではなく靴に育てられていると知ることにある

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Profile プロフィール

くすみ
東京
1986.9.25 愛知県生まれ
『革靴の魅力や靴磨きの楽しさをもっと多くの人に知ってほしい』という想いでブログやYouTubeで情報発信を行っています。
前職の経験からシューメーカーのブランドサイトやオンラインショップの制作・カスタマイズ、広告運用を受け持ったり、ブランディングや商品開発のコンサルなども手がけています。
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