Edward Green – Coin Loafer “Duke”
暦の上ではもうとっくに秋ですが、9月を迎えると世の中の『秋』を徐々に体感しはじめます。
各アパレルメーカーがこぞって秋冬の装いを打ち出し、売れ残った夏物がセール価格で乱暴に売りさばかれ、許されたわずかな期間で繁殖に精を尽くした蝉の死骸が路肩に転がり、僕はなんとかこの夏を生き抜けそうだという希望が芽生えます。
とはいえここ数年間、日本はご存知の通り酷暑で、10月までまだまだ暑い日が続くわけですが、今年に至っては家にこもりっきりだったのでそれほど汗をかくこともなく、体力の低下を憂いてジムで汗を流すこともなく、案外涼しい夏だったなぁと振り返るとそれはそれですこし寂しい気持ちもします。
家にこもっていたというのはつまり靴を履かなかったということでもあり、今年エイジングが捗った靴というものがあまり思い浮かばないのも寂しいことです。
数少ない靴を履く機会にはローファーを履いて、せめて足元だけでも気合を入れて出かけたわけですが、履いてる時間よりも部屋で馴染んでいない靴にデリケートクリームを塗りたくる時間の方が長かったと感じる、そんな夏でした。
夏に履くのはローファーだけ!と決めているのは、ローファーは僕のようなズボラな人間にとっては機能的で魅力的な履物だからです。靴下の色合わせを考えなくてよくて、短パンで履いても重くならず、紐靴よりも足首が出るので足長効果も期待でき、汗だくで帰宅してもすぐに脱げて、それでいて夏の簡単な装いをパリッと引き締めてくれる履物です。
身長が低い僕がTシャツ・短パン・ビーサンをチョイスすると、夏に負けてやつれた小さいおっさんにいとも簡単に成り果てるので、そうはならないようにとせめてローファーという履物に気持ちと足元を支えてもらって、ここ数年の東京の過酷な夏を生き延びてきました。
しかし、僕の気持ちと足元を支えてくれる珠玉のローファーたちは、履いても履かなくても、履きジワがみっともなくても、伸びて多少ゆるくなっても我が子のようにかわいいもので、そこには揺るぎない何かがあります。
ホコリをかぶっていなくてもブラッシングをしたくなる、そんな夏のお供がローファーという履物であります。
ローファーの顔
さて、もともとはノルウェーの農夫が履いた履物に着想を得て生まれたコインローファー。ペニーローファーとも呼ばれます。
コインローファーという靴はこの馬具のサドルを模したストラップの切れ目に、アメリカの学生が1セントのコインを挟んだことが起源と言われています。ガールフレンドをドライブに誘う電話をかけるためのコインなのか知りませんが、そんな彼らが夏に経験したであろうカジュアルなセックスの備えにはコインより避妊具がふさわしいだろうと思いつつ、彼らのおかげでそのカジュアルなスタイルを我々が享受できているわけで…。
Crockett&Jones – Coin Loafer “Maine”
こちらは非常にオーソドックスなスタイルのコインローファー。コードバンという馬の臀部という希少部位の革を贅沢に使った靴です。
いかにもローファーらしい顔をしていますが、コードバンの艶やかな質感と透明感があり、どこかカジュアルな雰囲気の中に素材の上質さが垣間見れます。しかしコードバンは意外にもタフな革で、ゴリゴリに履いてもなかなか簡単にはヘタりません。
それをいいことに結構乱暴に履いてしまっていますが、湧き出る夏のダルさを黙って受け止めてくれる、そんな頼もしい靴でもあります。
Carmina – Strap Loafer
一方こちらは、端正な顔をしたフルサドルストラップのローファーです。
ソールまで伸びるストラップがうねり、甲も薄く、曲線も豊かで非常にエレガントです。ゆるさが目立つ夏の装いを足元からエレガントに引き締めてくれる、そして、せめて足元だけでも…という僕のズボラな性格を許容してくれる、非常に頼もしい一足です。こういうドレスローファーがひとつあると本当に便利。
Joe Works – Coin Loafer
そして、夏のシンプルな装いでも足元にアクセントを加えてくれる、ゾウの革を使ったローファーです。
こちらも同じくフルサドルストラップ仕様ですが、素材が違うことで全く見た目の印象も違います。禍々しい素材。もっといろんな革の靴を履いてみたいと思わせてくれた靴でもあります。
遊びをぶら下げる
タフだったり、ドレスだったり、素材だったりのローファーもいいけど、それ以上に僕にとってなくてはならないのがタッセルローファーです。
もともとは信仰や学位を象徴する装飾だったこともあるせいか、一部の国では弁護士さんがお召しになる靴としても知られる装飾がこのタッセルです。一般的にはカジュアルとされるローファーにひとつアクセントを付け足すことで、コインローファーよりも幾分崇高な雰囲気を帯びるわけだけど、シルクやらサテンやらでできた貴族のカーテンのそれほどきらびやかではないので、僕にとってはただの『かわいらしい革の装飾』というイメージです。
でもその『ただの装飾』という遊び要素がすごく大切。何事においても。
それがあることによって涼しくなるわけではないけど、縁側に風鈴が吊り下げられているだけで夏を風情あるものにしてくれるというものです。しらんけど。
Crockett&Jones – Tassel Loafer “Carly”
このローファーはレディースのモデルなので、メンズのものより履き口が広く、フットカバーがハミ出さないよう苦心しています。
ローファーでも稀に底の厚いものがありますが、スポーティーというかちょっとカジュアルな要素が増して見える仕様だと感じます。また、短パンで履く場合はつま先が長過ぎたり、靴自体のボリュームがありすぎるとアンバランスなので、ソールの薄いローファーが好みなのであります。
Stefano Bemer – Tassel Loafer
黒のローファーは多くありませんでしたが、これを履いてもっと欲しいと感じるようになりました。
茶色の靴は経年変化が何より楽しめる靴ですが、黒のローファーは圧倒的に合わせやすい。デニムに履いてもいいでしょうし、濃いネイビーやらグレーのパンツに合わせてもいいでしょうし。
こちらは柔らかいシュリンクレザーを使った靴なので、履き心地も良いし過度にシワに気をつかう必要もありません。
ちょっとパリッとした格好でないと、という時に白シャツとスラックスに何も考えずに合わせられる、便利な靴です。
この後にもタッセルは出てきますが、タッセルの長さや大きさも、それぞれの靴ごとに違ってて、それもおもしろいところです。
馴染んで包み込むアンラインド
アンラインドという仕様は僕にとって、食欲の失せる夏でもスルッと口に入る冷やし中華のように、足を締め付けられたくない日でも履く気を芽生えさせるつくりの靴です。
アンラインドとは裏地がなく、それに伴いつま先かかとの芯材も少ない仕様の靴で、履き心地が柔らかく足なじみが良いというのが特徴です。アッパーの革の優しく足を包むので、多少キツめでも痛くなく、ストレスなく履くことができます。
Carmina – Unlined Cordovan Tassel Loafer
この靴はもっと明るい色でしたが、タンニン鞣しというコードバンの性質故、夏の日差しやオイルを吸ったことでかなり濃い色になりました。
夏は雨に悩まされるけど、秋にうまい米が獲れる。照る日は容赦ないけど、甘い果実が育つ。僕の足が焼けない代わりに、この靴が焼ける。
アッパーの柔らかさに合わせてソールの屈曲性も考えられた仕様になっているのか、アンラインドの靴はソールも柔らかいものが多い気がします。
下の靴も同様のアンラインドの仕様です。この靴の前にマッケイ製法のローファーを購入したのですが、そのマッケイのソールに負けず劣らずの柔らかさ。「革靴は時間をかけて馴染ませるもの」という概念は、アンラインドがすべて解決してくれる気さえします。
George Cleverley – Coin Loafer “George”
少々ロングノーズなシルエットですが、ドレス感強めの装いには合わせやすいローファー。
女性はつま先の尖った靴がこの世で一番きらいと、何かの映画かドラマで最近見てドキッとしましたが、奥様と初めてデートしたときに履いた靴でした。あれも夏だった。
Oriental Shoemaker – Belgian Shoes “Windy”
こちらも同様。ベルジャンシューズという室内履きが起源の履物です。
今までの靴よりもソールが薄さが際立っています。ソールの薄い靴は長時間履いていると地面のデコボコがダイレクトに足裏にくるので疲れるなんて言われることもありますが、この靴は軽くクッション性のあるスポンジ素材が中に仕込まれているので、案外疲れない。
スエードは起毛素材なので素材感が強く、なんとなく秋冬向けとも思われがちですが、そんなことはございません。透湿性にも優れた機能的な素材でもあります。裏地のない仕様の靴はなおさら。
Iugen – Monk Strap Loafer
そしてこちらのスエードは金のバックルをあしらった、ストラップローファーです。
シンプルなデザインですがバックルの付け根に遊びがあってこだわりを感じます。
次の夏はもっと履けますように
J.M.WESTON – 180 signature loafer
夏を満喫できなかったことへの不満はありますが、靴のエイジングはゆっくり焦らず見届ければいいし、まだ足に馴染みきってない靴があっても、その靴はまだ長く履けるということでもあるわけだから、それを憂うことはありません。
1年の約1/3を占める日本の暑い夏を快適に過ごすのは難しいけど、今後の楽しみが増えるのは悪くない。
でもできればそんなお気に入りの革靴たちを履いて気持ちよく出かけたいし、夏らしいイベントに行ったり仲間と酒を飲んでバカ話をしたりしたいわけです。でないと僕は愛でるために靴を買ったのかという矛盾に苛まれるからです。コレクションもいいし嗜好品もいいけど、僕にとって靴は履くもの。そこだけは履き違えないようにしたい。
心も体も歌ったり踊ったりできるのは夏ならではの楽しみで、今年はそれを存分に味わうことはなく閉じこもっていた夏だったけど、何かしら理由をつけて身も心も開放的になりたいのが夏です。
せっかく夏なのだから、これからもいろんな理由をつけて靴を手に入れていきたいと思います。
秋は紐靴を履いて出かけられることを願っています。
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